大判例

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大阪地方裁判所 昭和52年(ワ)4423号 判決

本訴原告(反訴被告)

向陽技研株式会社

本訴被告(反訴原告)

鎌田重郎

主文

1  本訴原告(反訴被告)が、業として別紙(1)のイ号図面および同図面説明書記載の折畳式ベツドの支持装置の製造販売をすることについて、本訴被告(反訴原告)が、別紙(2)記載の特許権に基づき本訴原告(反訴被告)に対しその差止を求める権利を有しないことを確認する。

2  本訴原告(反訴被告)のその余の請求および反訴原告(本訴被告)の反訴請求を棄却する。

3  本訴について生じた訴訟費用はこれを二分し、その一を本訴原告(反訴被告)の負担とし、反訴について生じた訴訟費用は全部反訴原告(本訴被告)の負担とする。

事実

第1本訴事件

①  請求の趣旨

1  主文1項と同旨。

2  本訴被告(以下単に被告という)は、本訴原告(以下単に原告という)において前項記載の製品を販売することが、被告の有する前項記載の特許権を侵害する旨を第三者に陳述流布してはならない。

3  被告は原告に対し金500万円およびこれに対する昭和52年8月20日から支払ずみに至るまで年5分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに上記2、3項につき仮執行宣言。

②  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

③  請求原因

(特許権に基く差止請求権の不存在確認請求について)

(1) 原告はかねてから別紙(1)のイ号図面および同図面説明書記載の折畳式ベツドの支持装置(以下イ号製品という)を業として製造販売している。

(2) 被告は別紙(2)記載の特許権(以下本件特許権といい、その特許発明を本件発明という。)を有している。

(3) しかし、原告のイ号製品は、以下の理由により、なんら被告の本件特許の技術的範囲に属するものではない。しかるに、被告は、原告がイ号製品を業として製造販売することは被告の本件特許権を侵害すると主張している。

(4) イ号製品が本件特許の技術的範囲に属しないと解される理由は次のとおりである。

A (本件特許の技術的範囲)

(a) まず、本件発明の構成要件と作用効果は次のとおりとなつている。すなわち、

(1) 本件発明は「椅子枠等の支持装置」であつて、

1 座枠に対して回動自在に枢着した受枠があること。

2 右受枠の枢着部に受枠が一定範囲以上回動した時にのみ受枠と同一回動するカムを枢着してあること。

3 受枠の枢着部に設けた支片の外周には受枠の回動範囲にわたり爪歯を形成してあること。

4 座枠の枢着部に掛合片が装着してあること。

5 爪歯と掛合片(爪)とは受枠の下方回動のみを阻止するよう掛合せてあること。

6 カムの外周は受枠が所定範囲以上上方へ回動してカムが受枠に同行した時その外周で爪の端部を押下して爪と爪歯との掛合を外すごとき形状としたこと。

(2) しかして、本件発明は上記のような構成要件からなることによつて、別のハンドル等の操作を行うことなく受枠をもつてこれを適宜に揺動させるのみで傾斜角度を自在に加減できるという作用効果をあげうる。

(b) ところが、本件特許発明は、実は、その出願前全部公知の技術からなつており、なんら新規性のないものであるから、本来特許庁において登録されるべきものではなかつた(特許法29条1項)。すなわち、本件発明は(1)その特許出願前外国において頒布された刊行物に記載された発明(本件では西ドイツ実用新案)と同一であり(文献公知の発明。前法条項3号参照)、(2)かりにそうでないとしても、特許出願前日本国内において公然知られた発明(本件では日本実用新案)と同一である(狭義の公知発明。同法条項1号参照)。

(1) 西ドイツ実用新案(DBGM)第1794881号について

(イ) (その文献公知性)

西ドイツ特許庁は昭和34年9月3日その名称を「台座部分に調節しかつ固定も可能で曲折自在な連結具のためのリンク」とする実用新案を第1794881号として受理し登録しているが、同庁ではその名称、考案者、番号等のみを定期刊行物である一覧表(PATENT BLATT)に掲載するとともに(上記実用新案を掲載した分は同年10月20日わが国の特許庁万国工業所有権資料館にも受入れられている)、そのころその明細書全文を35ミリのネガフイルムに写しとり、これを私的サービス機関であるドイツ特許サービス社に送付した。したがつて、上記フイルムは上記のころ西ドイツにおいて頒布された刊行物である。

(ロ) (上記文献記載のDBGMの技術内容)

そして、上記刊行物には別紙(3)のような実施例図(第5ないし第7図)が示されているとともに、その説明として次のような記載が存する。

(A) 台座部分(Gestellteil)1は軸(Achse)3によつて、台座部分(Gestellteil)2と曲折自在に連結されていること。

(B) 台座部分1は更に歯輪装置(Verzahnung)5aをもつた歯状部分(Zahnsegment)5を備えていること。

(C) 上記歯状部分5は、台座部分1ひいては歯状部分5が行う軸3のまわりの回転運動とともに運動する制動装置(Anschlag)10を備えていること。

(D) 軸3には制動盤(Sperrscheibe)11が回転するようにゆるく接続されていること。

(E) 制動盤11は二つの制動装置の片()11aと11bをもち、それらは制動装置10と一緒に作動すること。

(F) 二つの制動装置の片11aと11bの間で、制動盤11が軸3に対して一定角度Xだけ同心に動くこと。

(G) それで、制動装置10は上記範囲内では制動盤11にいかなる作用も及ぼしえないものであること。

(H) 制動盤11は軸3に対し同じように同心に連結されている制動部分(Sperrteil)11cを備えており、その軸3からの半径距離は歯輪装置5aの円周と全く同じか、あるいはそれより大きいこと。

(I) 台座部分2は、軸(Achse)6のまわりを回転し二元レバーとして構成されかつバネ(Feder)7の作用のもとにある止め金(Rastklinke)12を備えていること。

(J) 止め金12の刃(Schneide)12aは歯輪装置5aと一緒に作動すること。

(K) 止め金の部分(Klinkenteil)12bは台座部分2に支(つか)えるようになり、そのことによつて、止め金12の回転は一定方向へのみに制限されること。また、作用効果として次のような記載も存する。

(L) 台座部分が第5図のように伸展状態にある状態から歯輪装置5aの歯の数に応じて、台座部分1の台座部分2に対する角度の位置がいろいろになること。

(M) 台座部分1は、軸3のまわりを左に回転すると(一定の角度で)セツトされ、右への回転は抑止されること。

(N) 左に回転させる時、制動装置10は制動装置の片11aに対する作用によつて、制動盤11と連動すること。

(O) ある決まつただけ左に回転させると、制動盤11の制動部分11cはつめ刃12aの作用を受けること。

(P) このつめ刃12aは歯輪装置5aから出て、制動部分11cの上にとどまること。

(Q) 台座部分1は軸3の配置により、台座部分2と平行の状態になるまで、軸3のまわりを回転することができること。

(R) 台座部分1が第6図にあるような位置から逆に回転すると制動盤11は、制動装置10を(制動装置の片11aが制動盤11の制動装置の片11bにとどくまで)固定し続けること。

(S) 台座部分1が更に右に回転するときは、制動装置10は制動盤11と連動すること。

(T) したがつて、制動部分11cの回転の角度がもつと大きくなると、つめ刃12aは自由になり、つめ刃12aはそれに対応する歯輪装置の裂け目とかみ合い、再び第5図にみられるような位置になること。

(ハ) (上記公知文献記載のDBGMの技術と本件発明との同一性)

そこで、先に(a)(1)で分説された本件特許発明の構成要件を上記文献記載のDBGMの技術の構成要件または構成と対比して検討すると、両者は全く同一であることがわかる。

すなわち、

①  本件特許発明の1と2の構成要件に該当するものはDBGMの(A)(C)(D)である。

すなわち、後者の台座部分2は前者の座枠に、後者の台座部分1は前者の受枠に各該当し、軸3によつて、枢着部が構成され、かつ回転自在に枢着されている。そして、後者の制動盤11が前者のカムに該当し、制動装置10によつて台座部分1が一定範囲以上回動した時にのみ、制動盤11が台座部分1と同一回動するのである、((N)参照)。

②  本件特許発明の3、4、5の構成要件に該当するものは、DBGMの(B)(I)(J)である。

すなわち、後者の歯輪装置5aは前者の爪歯に、止め金12は掛合片に該当し、つめ刃12aが歯輪装置5aの裂け目にかみ合い台座部分1の下方回動のみを阻止するように掛合させている((T)参照)。

③  本件特許発明の6の構成要件に該当するものは、DBGMの(E)(F)(G)(H)である。

すなわち、後者において台座部分1を左に回転させる時、制動装置10は制動装置の片11aに対する作用によつて、制動盤11と連動する((N)参照)ものであるが、それは前者におけるカムが受枠に同行することに該当するものであつて、ある決まつただけ左に回転させると制動盤11の制動部分11cはつめ刃12aの作用を受ける((O)参照)。このときこのつめ刃12aは歯輪装置5aから出て、制動部分11cの上にとどまる((P))。すなわち、これは前者におけるカムの外周で爪の端部を押下して爪と爪歯との掛合を外すようにしたものに該当する。

(2) 日本実用新案(JGM)実公昭38―4743について

(イ)  (公知性)

わが国でも、昭和38年3月25日その名称を「寝台のの凭れ起伏金具」とする実用新案(実公昭38―4743)が公告されており、これが上記同日以降日本国内で公然知られた技術(思想)であることは多言を要しない。

(ロ)  (上記JGMの技術内容)

1 構成要件(別紙(4)の図面参照)

本考案は寝台の凭れ起伏金具の構造に関するものであつて、その構成要件は下記のとおりである。

(A) 寝台の母体1に対し回動自在に枢着した凭れ2(起伏杆11)があること。

(B) 上記凭れ2が一定範囲以上回動したときにのみ凭れ2と同一回動する円盤13を枢着してあること。

(C) 凭れ2の枢着部に設けた回転板8の外周には凭れ2の回動範囲にわたり彎曲切込9、10を形成していること。

(D) 寝台の母体1の枢着部(挾鈑3)の両鈑に対応して穿設した長孔4内を自由に移動できるように挿通した上方に弾力を受けたピン5が装着してあること。

(E) 彎曲切込9、10をピン5に凭れ2の下方回動のみを阻止するように掛合わさせていること。

(F) 円盤13の外周は凭れ2に同行したときその外周でピン5を押下して上記ピン5と彎曲切込9、10との掛合を外すごとき形状としたこと。

2 作用効果

起伏杆11に固定された凭れ2を左右に回動するだけの簡単な操作で2種類の傾斜角度に起揚安定することも、また凭れ2を母体1に重合することもできるもので、凭れ2を水平にして寝台から希望に応じて、それぞれの傾斜に起すことができるもので、きわめて手間のかからぬ軽快な凭れ起伏装置を構成する著大な効果があるばかりでなく、凭れ2を起した時の安定は弾力のなかつたピン5の彎曲切込9、10への軽快確実な嵌入によつてなされるもので、安定性のある凭れ保持をなすことができる効果がある。

(ハ)  (上記JGMの技術と本件発明との同一性)

本件特許発明の前記構成要件1ないし6は上記JGMの構成要件(A)ないし(F)に該当し、その奏する作用効果も同一である。

(C) そして、このようにその構成要件が全部公知であるような特許発明の技術的範囲を解釈し定めるには特段の配慮が必要である。すなわち、もともと、特許権は発明者(出願人)に新規な発明を公開させ、もつて産業の発達に寄与させる反面として、発明者(出願人)に与えられる独占的排他権である。したがつて、なんら新規性のないような技術思想にこのような独占権を与えることは特許制度の趣旨目的に反することになり、ひいては産業の発展、公衆の利益の妨げともなる。このように考えると、侵害訴訟裁判所は全部公知の技術にかかる特許権を無効のものと解すべきであるが、ただ特許権の付与は特許庁の専権に属し、またその無効判断も特許法所定の無効審判手続とこれに続く特許行政訴訟でのみなされうるものとする現在の法制度からすると、前記見解も必らずしも妥当ではない。そこで、このような場合、侵害訴訟裁判所は当該特許権の有効性を前提とはするが、その技術的範囲は最も狭く、すなわち、明細書記載の図面によつて特定される実施例に限定して解釈し定めるのが相当である(大阪高裁昭和51年2月10日判決無体裁集8巻1号85頁。なお、最高裁昭和38年8月4日判決民集18巻7号1321頁等も参照)。

(d) いま以上のような理由により本件特許発明の技術的範囲を限定解釈すると、その構成要件と作用効果は次のとおりのものになると解さなければならない(別紙(5)の図面参照)。

構成要件

1 座枠Aの両側杆1の端部に脚枠部Bの両側杆2の端部3を軸4により回動自在に枢着し、

2 該杆1端には軸4の上外方にさらに突出する左右1対の支片5、5を連設し、

3 この支片5、5の内側に受枠cの両側杆6端に形成した左右1対の支片7、7を介入させて両者を軸8により回動自在に連結する。

4 該支片7、7の外周一部には、軸4に基端を枢着した掛止爪9の外端に受枠cを上方へ回動した時にのみ外れるように掛合する所要数の爪歯10を軸8を中心とする円弧状に配設し、

5 かつ該爪9にはこれを支片7へ弾支する弾機11を附設し、さらに、該支片7、7間に位置するように軸8に対し回動自在に装置した半円形カム12の外周13を該爪9端を押圧した時爪歯10と爪9の掛合を外す程度の軸8を中心とする円弧状とし、かつ外周13の端部14は爪9を押下してカム12が回動できるよう斜面とする。

7 該支片7、7の内側には支片7、7が所要角度回動したのちカム12の側辺15、16を押動する掛合突起17、18を設け、

8 さらに、該支片5の支片7に重なる部分の周縁を軸8を中心とする円弧状に形成して、その部分に内突縁19を形成するとともにこの突縁19に所要数の掛合切欠20を等間隔に形成し、

9 支片7にも該切欠20に着説自在に適合する突起21の所要数を突設し、かつ該切欠20と突起21とは一定以上の力を加えて支片5に対し支片7を回動した時は支片5、7の弾性で両支片5、7間が若干押し広げられて掛合が外れる程度の掛合とする。

作用効果

1 カム12が爪9の外端を押さない状態で、かつ突起17、18がカム12の側辺15、16に当らない範囲であれば支片7、7を回わしてもカム12は回わらない(第2図)。したがつて、この状態では、枠cを上方へ回動して行くことは爪歯10と爪9端が自由に掛脱するため、自由に行えるが、逆に下方へ回動して行くことは爪9が爪歯10に掛合するため不可能である。

2 しかし、枠cをさらに上方へ回動してその側杆6端の支片7の突起17をカム12の側辺16に接当させたのちは支片7とカム12とは一体となつて回動し、カム12の外周13が爪9の先端を弾機11の弾力に抗して押下するから爪9と、爪歯との掛合が外れる(第4図)。

3 上記のようにしておいて側杆6を右方に回わすと、突起17はカム12の側辺16より離れるからカム12はそのままの位置に止まり、爪歯10は爪9にかかわらず、回転するから側杆6はその支片7の突起18が側辺15に接当してこれを回動して外周13が爪9の先端より外れて爪歯10に掛合するまでは自由に回動する。

B (イ号製品の構成)

次にイ号製品の構成および作用効果を分説すると下記のとおりである。

(1) イ号製品は折畳式ベツドの支持装置であつて

1 座枠Aの両側杆1の端部に脚枠Bの両側杆2の端部を軸4により回動自在に枢着し、

2 右側杆1の端部は折曲げられて平行な左右1対の支片5、5となつており、

3 両支片5、5間には受枠cに装嵌する側杆6端部の二又となつた平行な1対の支片7、7を介入させて両者を軸8により回動自在に連結している。

4 上記支片7、7の外周の一部には爪歯10が形成され、これら爪歯10に嵌入する掛止爪9が前記側杆の支片5、5内部の前記軸4に軸支されて、弾機11により常時掛止爪9を押上げている。

5 前記軸8の前記支片7、7間に回動自在に前記爪歯10より大径の半円弧状カム12を装着し、その大径部外周13は前記支片7、7より更に外方へ突出している。

6 前記支片7、7の内側には突起7a、7aが設けられ、側杆6の回動により突起7a、7aが前記カム12の一方の側縁12aに当接し、またカム12の他方側縁12bは支片7、7の端縁7bにそれぞれ当接するようになつている。

7 半円弧状カム12の他方の側縁12b側には内方側に斜面14を有する掛止爪9の係合溝15を形成している。

(2) 作用効果

1 第2図に示すように、掛止爪9が爪歯10のいずれかに嵌入している状態では側杆6は矢印イ方向の回動は阻止されている。

2 しかし、矢印ロ方向への回動は爪歯10を次々と変えながら回動でき、最後には支片7、7内側の突起7a、7aにより半円弧状カム12の一方の側縁12aが押されて掛止爪9は前記爪歯10の外径より径の大なる半円弧状カム12の外周13に乗り上げ、側杆6は両方向ともに自由に回動できるようになる。

したがつて、側杆6を側杆1上に折重ねる折畳んだ状態まで前記支片の突起7a、7aが前記カム12の一方の側縁12aを押して回動させることができる(第4図)。

3 再び側杆6を矢印イ方向に回動させて水平位置近くまで到る間は掛止爪9と爪歯10との接触がなく、側杆6が水平状態になる過程で前記支片7、7の端縁7bがカム12の他方の側縁12bに当接してこれを矢印イ方向に回すので、側杆6が水平位置になつたとき爪9はカム外周13より外れて前記係合溝15と爪歯10とが一致した瞬間両溝内に、嵌入する。すなわち側杆6はそれ以上矢印イ方向へは回動せず、側杆1とによつて側杆6を水平の位置に固定する(第5図)。

4 側杆6を任意の傾斜状態に維持するときは、第5図の状態から矢印ロ方向に回動させていくと、爪9は係合溝15内に入つたまま次々の爪歯10内をスライドして移行し、各爪歯10の位置でそれぞれイ方向への回動は阻止されることになり(第6図)、最終的には爪9がカム12に乗り上げた自由回動可能な第4図の状態にもどる。

C (本件特許とイ号製品の対比)

以上のような分析によると、イ号製品の構成は前記本件発明の構成要件1ないし5を充足しているが、その余の要件を充足していない。

すなわち、以下の点で相違がある。

(1) 本件発明におけるカム12は半円形のものであり、外周13を円弧状とし、その端部14は爪9を押下してカム12を回動できるように斜面14とすることを構成要件としているのに対し(要件6)、イ号製品におけるカム12は爪歯10より大径の半円弧状であり、その外周13は支片7、7より更に外方へ突出していて、本件発明における斜面14を有しない構成となつている。

(2) また、本件発明にあつては、支片7、7の内側に突起17、18を設け、カム12の側辺15、16を押動するような構成を要件としているのに対し(要件7)、イ号製品の支片7、7には突起7aを設けているのみで、本件発明におけるような突起18を有しない構成となつている。

(3) 次に、イ号製品には本件発明の構成要件8(支片5に所定の内突縁19を設ける構成要件)および同9(支片7に所定の突起21を設ける構成要件)に該当する構成を全く備えていない。

(4) かえつて、イ号製品では、本件発明が要件としていない、円弧状カム12の側縁12b側に内方側に斜面14を有する掛止爪9の係合溝15を形成している。

次に、作用効果においても左のとおり両者に相違点がある。

(1) 本件特許発明にあつては受枠cを上方へ回動するためには側杆6端の支片7の突起17をカム12の側辺16に接当させたのち、支片7とカム12とが一体となつて回動し、カム12の外周13の端部14が爪9を押下し爪9と爪歯10との掛合が外れるのに対し、イ号製品にあつては、支片7、7側の突起7a、7aにより半円弧状カム12の一方の側縁12aが押されて掛止爪9は前記爪歯10の外径より径の大なる半円弧状カム12の外周13に乗り上げることによつて掛止爪9と爪歯10との掛合が外れる。

(2) 本件特許発明にあつては、側杆6を右方に回わすと、突起17はカム12の側辺16より離れるからカム12はそのままの位置に止まり、爪歯10は爪9にかかわらず回転するから側杆6はその支片7の突起18が側辺15に接当してこれを回動して外周13が爪9の先端より外れて爪歯10に掛合するまでは自由に回動するのに対し、イ号製品にあつては、側杆6が水平位置になつたとき爪9はカム外周13より外れて前記係合溝15と爪歯10とが一致した瞬間両溝内に嵌入する。そして、側杆6を任意の傾斜状態に維持するときは、別紙第5図の状態から(ロ)方向に回動させ、爪9を係合溝15内に入つたまま次々と爪歯10内をスライドして移行し、各爪歯10の位置でそれぞれイ方向への回動は阻止されることになる。

(不正競争防止法1条1項6号に基く虚為事実流布陳述の差止請求について)

(5) 被告は営業上原告と競争関係にあるところ、昭和52年6月20日原告に対しイ号製品が本件特許権を侵害する旨警告を発するとともに、同年5月24日には訴外檜産業株式会社(香川県)、株式会社宮武製作所に、同年2月28日にはアルプス工業株式会社、三宝工業株式会社(以上3社は大阪府。なお、以上4社はいずれも原告の取引先。)等に、原告のイ号製品は被告の有する本件特許権を侵害する旨原告の営業上の信用を害する虚為の事実を通告した。

そして、被告の上記所為が原告の営業上の利益を害する虞れのある行為であることもまた明らかである。

(民法709条に基く損害賠償請求について)

(6) 被告は以上のとおり故意または過失により前記のような違法な不正競争行為をした結果、原告は多くの取引先からイ号製品の注文を断わられる等の営業上の損害を受け、これにより合計金500万円を下廻らぬ損害を蒙つた。

(結論)

(7) よつて、原告は(イ)被告が本件特許権に基き原告のイ号製品製造販売行為を差止める権利を有しないことの確認と(ロ)不正競争防止法1条1項6号に基き被告に対し前記のような虚為事実の陳述流布行為の差止め、(ハ)および上記不法行為によつて蒙つた損害金500万円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和52年8月20日から支払ずみに至るまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払い、を求めたるため本訴に及んだ。

4 請求原因に対する被告の答弁

(1) 請求原因(1)(2)項は認める。(3)項は争う。(4)項のうち、Aの(a)および(b)の(2)ならびにBは認めるがその余は否認または争う。

(2) 請求原因(5)項のうち被告が原告主張のような警告行為をしたことは認めるがその余は否認する。

(3) 請求原因(6)項のうち原告の蒙つた営業上の損害が金500万円を下廻らないという点は不知、その余は否認する。

5 被告の主張

原告が本件発明の技術的範囲確定にさいして主張する(イ)本件発明が全部公知であるとの点および(ロ)これに基く制限解釈に関する所論はすべて否認し争う。

(1) 西ドイツ実用新案(DBGM)について

かりに原告が主張するようなDBGMがあつて、その明細書を写した35ミリネガフイルムが存在するとしても、それは「頒布された刊行物」とはいえない。また、その記載内容が原告主張のとおりであることを裏付ける証拠もない。

(2) 日本実用新案(JGM)について

原告主張のJGMは本件特許発明と同一ではない。すなわち、

(1) 本件発明の構成要件1、2はJGMの構成要件1、4と同一である。

(2) しかし、本件発明の構成要件3、4すなわち、受枠の支片の外周に爪歯を形成してあることと座枠の枢着部に装着した掛合片に爪歯を装着するとの点はJGMの要件にはない。

(3) また、本件発明のその余の要件、すなわち、爪と爪歯を掛合わさせて受枠の下方回動のみを阻止したり、カムの外周によつてその掛合をはずす点も、JGMの構成要件と異ること明白である。この点に関するJGMの構成要件は長孔4内を移動するピン5を回転盤8の彎曲切込9、10内に嵌め込むことによつて受枠の下方回動を阻止したり、円盤13の彎曲切込14によつて上記のピンの嵌込をはずす構成を採用している。

しかも、JGMのようにピンを切込にはめることによつて受枠の下方回動を阻止する機能およびその阻止力は本件発明のように爪と爪歯を掛合せることによつて受枠の下方回動を阻止する機能およびその阻止力とは作用効果の点においても全く別異のものである。JGMにおいては、その構成上薄い回転盤とピンとが当接する極めて小さい面積の部分に力が集中してかかることになるのでピンが曲がつたり折れたりする危険性が高く、現に上記考案による実施品がかつて製造されたことがあるがその製品はピンがとんでしまつたりして実用に供しえないものであつたのでその後製造されず、本件特許の実施品によつてはじめて強くて安定した多段式の支持装置が完成したのである。

(3) 原告の主張する制限解釈の不当性について

仮りに本件発明が原告主張のように全部公知のものであるとしても、そのことのゆえに本件発明の技術的範囲を明細書記載の実施例のみに限るような極端な限定解釈をしなければならないいわれはない。

すなわち

(1) 本件特許は所定の手続を経て登録された適法有効な特許権である。一旦このようにして取得した特許権は、仮りにその技術思想が全部公知であつたとしても、それが無効審判手続によつて無効と判断されるまでは一般第3者も侵害訴訟裁判所も、これを有効な権利として尊重しなければならないことは特許法の建前上当然のことである。これを恣意的に内容空疎な権利として扱うことは、実質上侵害訴訟裁判所に特許無効の判断を許す結果となり、その権限を越えるものである。

(2) およそ特許発明の技術的範囲は明細書の特許請求の範囲の記載に基いて定められるべきものである(特許法70条)。ただ、請求の範囲の記載だけからではその技術的範囲を一義的に定めえないような場合には、例外的に詳細な説明、図面、その他公知文献等が解釈の参考資料とされることが許されよう。

しかし、本件特許発明のように請求の範囲の記載自体から技術的範囲に関する解釈が自ら定まるような場合には前記のような配慮は不必要である。まして、請求の範囲の記載文献を離れて、原告が主張するような実施例にのみ限定してその技術的範囲を定めることは明らかに特許法70条に反する。

もし原告のような限定解釈が許されると、特許請求の範囲は技術的範囲の最大限のみを規定するものとなり、公報をみる一般第3者は、公報のみによつては特許発明の技術的範囲がわからず、本件のように外国文献などいちいち詳細に調査しないと、その下限がわからず、結局公報によつては技術的範囲は定まらず、公報の特許請求の範囲の記載は意味のないことにもなる。

また、公報の記載を信用して行動した第3者はその記載とは違つて実は当該特許発明の技術的範囲は極度に狭く、空虚なものである場合でも、上記公報記載を信用したため不測の損害を受けることにもなり、不当である。

第2反訴事件

①  請求の趣旨

1  原告は、別紙(1)イ号図面および同図面説明書記載の折畳式ベツドの支持装置の製造、販売をしてはならない。

2  原告は、その所有にかかる前項記載の折畳式ベツドの支持装置を廃棄せよ。

3  原告は、被告に対し金600万円およびこれに対する昭和53年4月8日から支払ずみまで年5分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決ならびに仮執行宣言。

②  請求の趣旨に対する答弁

1  被告の請求を棄却する。

2  反訴費用は被告の負担とする。

③  請求原因

(1)  被告は本件特許権を有している。

(2)  そして、本件発明の構成要件は原告が本訴請求原因(4)項のA(a)(1)で主張しているとおりである。

(3)  原告はかねてからイ号製品を業として製造販売している。

(4)  イ号製品の構成は原告が本訴請求原因(4)項のB(1)で自ら主張しているとおりである。

(5)  したがつて、イ号製品が本件特許発明の技術的範囲に属することは明白である。すなわち、前者の構成1ないし7は後者の構成要件1ないし6をすべて充足している。

したがつて、原告が業としてイ号製品を製造販売することは被告の有する本件特許権を侵害すること明らかである。

(6)  原告は故意または過失により前記のとおり本件特許権を侵害し、被告に対し下記のような損害を蒙らせた。

すなわち、原告は昭和50年4月1日から翌51年3月31日まで120万個、同翌日から翌52年3月31日まで100万個、同翌日から翌53年3月31日までの間80万個、以上合計300万個のイ号製品を製造販売した。そして、上記1個の実施料相当額は金2円であるから被告は都合金600万円の実施料相当の損害を蒙つたことになる。

(7)  よつて、被告は原告に対し(イ)反訴請求の趣旨1、2項のような本件特許権侵害差止の請求と(ロ)上記損害金600万円およびこれに対する反訴状送達の日の翌日である昭和53年4月8日から支払ずみに至るまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払請求を求めるため反訴請求に及んだ。

④  請求原因に対する被告の答弁

請求原因(1)ないし(4)項は認めるが(5)、(6)項は否認する。なお、原告のイ号製品の販売個数は次のとおりである。

(1)  昭和50年4月1日から同52年3月31日まで87万3736個

(2)  同51年4月1日から同52年3月31日まで78万1420個

(3)  同52年4月1日から同53年3月31日まで56万8064個

⑤  原告の主張

本件特許発明は原告が本訴請求原因(4)項で主張のとおり全部公知のものである。したがつて、その技術的範囲は上記同項で主張したとおり限定的に解されるべきである。そうすると、イ号製品は本件発明の技術的範囲に属さないこと明らかである。

⑥  原告の主張に対する反論

本件特許発明が全部公知であるとは考えられないこと、仮りに全部公知であるとしても、原告主張のような限定解釈が不当であることは被告が本訴において「5、被告の主張」欄で述べたとおりである。

第3証拠

①  原告

1  甲第1ないし第4号証、第5号証の1、2、第6ないし第11号証(第4号証は写)、検甲第1ないし第3号証(第1号証はJGMの、第2号証はDBGMの第5ないし第7図の、第3号証はイ号製品の各模型である。)を提出。

2  証人永田良昭の証言を援用。

3  検乙各号証が被告主張のような製品であることは認める。

②  被告

1  検乙第1(本件特許発明の実施品)、第2号証(イ号製品)を提出。

2  甲第1ないし第3号証、第5号証の1の成立は認める。第4号証については原本の存在、成立ともに不知、第5号証の2の官署作成部分は認、その余は不知、その余の甲号各証の成立は不知。検甲号各証が原告主張のような物であることは認める。

理由

第1本訴について

(特許権に基く差止請求権の不存在確認請求について)

①  原告がかねてから別紙(1)記載の折畳式ベツトの支持装置(イ号製品)を業として製造販売していること、および被告が別紙(2)記載の「椅子枠等の支持装置」に関する特許権を有していることは当事者間に争いがない。

②  そこで、上記イ号製品の構成が本件特許の技術的範囲に属するか否かについて検討する。

1 まず本件特許の技術的範囲を検討し、確定する。

(1) 本件特許の特許請求の範囲の記載が原告主張のとおり6個の構成要件に分説されうることは当事者間に争いがない(請求原因(4)項のA(a))。

(2) ところが、原告は、本件特許発明はその出願前西ドイツにおいて頒布された刊行物に記載されている技術と同一のものであることを理由として、本件特許の技術的範囲は前記特許請求の範囲の文言にかかわらずその明細書記載の実施例に現わされた技術の範囲のみに限定すべきであると主張するので以下その当否について考える。

(1)

(イ) 公知文献の存否とその記載内容

後記甲号各証の記載内容と証人永田良昭の証言にその様式体裁自体を総合し西ドイツ実用新案(DBGM)1794881号の明細書全文を写したものであると認める甲第4号証、成立に争いない同第5号証の1、官署作成部分の成立につき争いがなく、その余の部分の成立については様式体裁からして真正に成立したと認める同号証の2、前掲証人の証言により真正に成立したと認める同第6ないし第11号証および前掲証人の証言に当裁判所に顕著な事実を総合すると、西ドイツ国特許庁においては実用新案の出願に対し無審査主義を採用し、出願されたものはすべてこれを受理し、一連番号を付して登録する一方、定期的に発行する「PATENT BLATT」に考案の名称、出願人、登録日、登録番号等の要旨を掲載し、一般の利用に供するとともに(なお、原告主張の登録番号1794881号を掲載したものは昭和34年10月20日わが国の特許庁万国工業所有権資料館にも受入れられている。)、さらに自庁に保存する明細書原本を公衆の閲覧に供するほか、別途その全文を35ミリネガフイルムに複写し、登録と同時にこれをパテントデイーンスト社(PD社)等の私的サービス機関に送付すること、上記PD社等はこれにより自社のフアイル用にさらに同じネガフイルムを複写するほか、一般の需要に応じてその都度これをコピーし交付する業務を行つていること、原告主張の「台座部分に調節しかつ固定も可能で曲折自在な連結具のためのリンク」なる番号1994881号のDBGMは本件特許出願(昭和39年2月13日)前であること明らかな昭和34年9月3日登録されると同時にその明細書原本全文を複写した35ミリネガフイルムが一般の例に従い特許庁からPD社に送付されたものであり、PD社ではその後これにより相当数のコピーを作成し一般の需要に供してきたこと、上記フイルムには原告主張のとおりの本件DBGMの明細書原本に基く図面(別紙(3))と説明文を含む全文が転写記載されていること(請求原因(4)項のA(b)(1)(ロ)参照)、以上の事実が認められる。

ところで、一般に特許法29条1項3号所定の「刊行物」とは「公開」と「頒布」を目的として複製された文書、図面、写真印刷等(すなわち複製物)を指すと解される。そして、上記にいう「頒布」性ある刊行物とは必ずしも多数の複製物の配布のみをいうのではなく、たとえ一通の複製物であつてもそれが本来配布を目的として複製されたものであればよいと考えるのが相当である(東京高裁昭和53年10月30日判決無体裁集10巻2号499頁参照)。

そうすると、本件DBGMについても、その明細書原本自体は、公開性はこれを具有するが頒布性は明らかにこれを欠くから結局「刊行物」とは言い難い。しかし、PD社に送付された複製物である35ミリネガフイルムは公開性、頒布性をともに具有する「頒布された刊行物」と解すべきである。したがつて、上記フイルムに転写記載された本件DBGMの技術思想は本件発明との関係ではその出願前公知のものといわねばならない。

(ロ) 本件DBGMと本件特許発明との比較

そこで両者を比較するに、本件発明は、ここに一一説示するまでもなく、原告主張のとおり、本件DBGMの一つの実施例(別紙(3)の図面とその説明)が具現している技術思想と同一であり、それは単にその一部の構成要件が公知であつたというていどのものではなく、その全てが公知であつたと認められる。いまこれを個々的に対比すると、本件特許の構成要件1はDBGMのAの構成部分に、2はC、D、E、F、Gに、3はBに、4はIに、5はI、J、Kに、6はE、F、G、Hにそれぞれ対応していることが明白である(なお、DBGMの構成部分の1部を重複して摘記対応させているのは、本件特許発明の構成要件が極めて機能的な表現によつて定められているのに対し、DBGMの実施例によつて具現されている技術思想の構成の分説が具体的であるからにほかならない。)。

(2) はたしてそうだとすると、本件発明は特許法29条1項3号により本来特許権を付与してはならないものであつたというほかない。しかし、もとよりひとたび特許庁がその専権に基き特許権を付与した以上、それが特許法所定の無効審判手続(およびこれに続く特許行政訴訟)で無効の判断がなされ確定しない限り、特許侵害訴訟裁判所においてみだりにこれを無効と判断し、無効を前提として訴えを断ずることは許されないこともまたいうまでもないところである。しかし、さらにひるがえつて考えてみると、特許法は特許出願人に新規にして進歩性ある技術を公開させ、もつて産業の発達、公衆の利益に供する反面として、その者に一定期間その技術を独占させるため特許権を付与するのであつて、このような特許出願人と一般社会公衆との基本的な利益衡量関係は、侵害訴訟裁判所が特許発明の技術的範囲を確定するさいにも十分しんしやくして然るべきである。一般に、特許請求の範囲を解釈するにさいしては、単にその文字のみに拘泥することなく、すべからく発明の性質、目的や詳細な説明、添付図面をも勘案し、実質的に考えるべきであり、ことに出願当時すでに公知公用の事項を含む発明については当該部分を除外して解すべきであるといわれるのも前示の趣旨に出たものにほかならない(最高裁昭和39年8月4日判決民集18巻7号1319頁参照)。

このように考えてくると、本件のごとく特許発明にかかる技術思想が出願前実はすでに全部公知であつたような例外的な場合には、その技術的範囲をできるだけ狭く解し、もつて前記のような本来的な要請にこたえるのが相当である。すなわち、その特許請求の範囲(クレーム)の文言がたとえ上位概念用語または機能的、抽象的な表現によつて成つている場合でも、その文言にこだわることなく、その技術的範囲はその現わしている技術思想のうち特に詳細な説明欄に実施例として具体的に開示した技術構成だけであると解すべきである(大阪高裁昭和51年2月10日判決無体裁集8巻1号85頁参照)。

もつとも、本件特許は本訴提起の時点ではすでに権利設定登録の日から5年を経過していること明らかであるから、もはや前記DBGMの存在を理由としては特許無効の審判請求を受けることのない権利となつていることが認められる(特許法124条)。しかし、そのことと、本件特許の技術的範囲を前示のとおり限定的に解することとは別個の問題である。けだし、特許の技術的範囲を特許法70条の趣旨を超えない範囲で種々の資料によつて如何様に解するかはまさに侵害訴訟裁判所の専権に属する判断事項であつて、その基準資料がたまたま外国における公知文献であるからといつて他の場合と別異に扱わなければならない合理的な理由はないからである。当該特許発明が出願当時実は外国の刊行物により文献公知であつたという事実関係自体は消し去ることのできない事柄であつて、このことを当該特許発明の技術的範囲確定の資料とすることはむしろ当然である。かえつて登録後5年を経過したからといつてこれを無視することは、裁判所が稀に存する出願当時全部公知の特許発明の技術的範囲を例外的に制限解釈しようとする配慮や趣旨を無にしてしまう結果ともなる。また、技術的範囲の判断時が当該特許権の登録後5年の時点の前か後かで広狭差異が生ずることとなることも到底妥当な結果とはいい難い。

以上の説示と同旨の原告の主張は正当である。したがつて、これに反する被告の見解は採用しない。

(3) そこで、以上のような見解に基きあらためて本件特許発明の技術的範囲をみると、そのクレームは極めて機能的な表現によつているにもかかわらず、それは、成立に争いない甲第2号証(本件特許公報)により、その詳細な説明と添付図面(別紙(5))に開示されている実施例の範囲にとどまるもの、すなわち、原告主張のとおりの9個の構成要件に分説される範囲のものに限られると解するのが相当である(原告の請求原因4項のA(d)前段参照)。

2 イ号製品の構成が原告主張のとおり7個の構成部分に分説されうることは当事者間に争いがない(原告の請求原因(4)項のB(1)参照)。

3 そこで、上記イ号製品の構成を上来説示の本件特許の限定された構成要件に照らし検討するに、前者が本件特許にいう「椅子枠等の支持装置」に該当するものであることはいうまでもないし、いまこれを概括的にみると、(イ)座枠に対し回動自在に受枠を枢着していること、(ロ)受枠が一定範囲以上に回動した時にのみ受枠と同一回動するカムを設けていること、(ハ)受枠の枢着部に設けた支片の外周に受枠の回動範囲にわたり爪歯を形成させていること等々その骨子において本件特許の構成要件を充足していることは明らかである(1ないし5の要件と1ないし5の構成参照。)。

しかし、イ号製品は次のとおり一部本件特許の構成要件を充足していない。すなわち、

(1) 本件特許発明の構成要件6にいうカム12は半円形であり、その外周13を円弧状とし、その端部14は斜面14としているのに対し、イ号製品においてはカム12は爪歯10より大径の半円弧状であり、その外周13は支片7、7より更に外方に突出しており、かつ斜面14を有していない(構成6)。

(2) また、本件特許発明においては、支片7、7の内側に突起17、18を設け、カム12の側辺15、16を押動するようになつているのに対し(構成要件7)、イ号製品においては、支片7、7には突起7aを1個設けてあるにすぎず(構成7)、本件発明のようにも1つの突起18を有していない。

(3) さらに、イ号製品は本件特許発明の構成要件8(支片5に内突縁19を設ける要件)と同9(支片7に所定の突起21を設ける要件)とを欠いている。かえつて、イ号製品では、本件特許発明が要件としていない構成、すなわち円弧状カム12の他方側縁12b側に内方側に斜面14を有する掛止爪9の係合溝15を設ける構成を採用している。

4 以上のとおりであるから、イ号製品の構成はなんら本件特許発明の技術的範囲に属するものではない。

③  そうすると、原告が業としてイ号製品を製造販売することはなんら被告の本件特許権を侵害するものではない。

したがつて、原告の上記特許権に基く差止請求権不存在確認を求める本訴請求は理由がある。

(不正競争防止法1条1項6号に基く虚偽事実流布陳述の差止請求について)

1  本件においては、原告と被告とが営業上競争関係にあることを裏付けるに足る確証がない(被告は本件特許権者であることは明白であるが、その営業または職業を確認するに足る証拠がない。)。

2  そうすると、原告の上記請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

(民法709条に基く損害賠償請求について)

1  原告の損害賠償請求についても、かりに被告に所論のような違法行為があつたとしても、原告がこれによつてその主張のような損害を蒙つたことおよびその損害額について特段の立証がない。

2  したがつて、原告の上記請求もまた爾余の判断をするまでもなく理由がない。

第2反訴について

1  被告の反訴請求は、すべて原告が業としてイ号製品を製造販売することによつて被告の本件特許権を侵害してきたことを前提とするものであるところ、原告がなんら本件特許権を侵害していないことは上来の説示によつて明白である。

2  そうすると、被告の反訴請求は爾余の判断をするまでもなく理由がない。

第3結論

よつて、原告の本訴請求は上来説示の範囲で理由があるからこれを認容し、その余の部分および被告の反訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法89条、92条を適用して主文のとおり判決する。

(畑郁夫 上野茂 中田忠男)

〈以下省略〉

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